世界での日本選手の活躍もあって、注目度が高まっている「パラスポーツ」。先週は、元車いすラグビーの日本代表としてアテネ・北京・ロンドンと3度のパラリンピックに出場し、現在は日本パラリンピック委員会 アスリート委員会 委員長として活躍する三阪 洋行さんに、車いすラグビーのルールや歴史など、健常者ラグビーとの違いを交えてわかりやすく教えていただきました。
今週もひきつづき三阪さんに車いすラグビーの魅力についてお話をうかがいます。
※パート1はこちらから
「車いすラグビーの魅力」パート1
三阪さんと車いすラグビーとの出会い
三阪 洋行さん
僕は、車いす生活になる前もラガーマンでした。生まれは東大阪市の(日本でラグビーの聖地として知られる)花園ラグビー場のすぐ近くで、ラグビーが当たり前のように身近にある環境だったんです。中学生の時からスポーツとして本格的に始めてその魅力にどっぷり浸かり、花園での全国大会出場を目指して高校に進学。ラグビーに明け暮れる毎日でした。
それが、高校三年生のとき、ラグビー部の練習中に首の骨を骨折。その事故の後遺症で車いす生活になってしまいました。社会復帰を目指して毎日リハビリをしているとき、入院している病院の先生が、車いすラグビーを紹介してくれたんです。今から25年以上前で、まだインターネットも普及していない頃でした。先生が車いすラグビーのビデオ、それもVHSを持っていて、テレビデオに差して見せてくれた時のことを鮮明に覚えています。海外での試合の様子が画面に映しだされ、車いす同士が思いっきりぶつかり合うタックルのシーンにくぎづけになりました。今、不自由な身体で何とか生活できるようにと一生懸命リハビリしているのに、こんな身体でこんな激しいスポーツがまたできるんだ!と興奮し、早くこのスポーツをやりたい!といろんなことに前向きになれました。
「できない」を「できる」に変える力を知った
もともと花園を目指して練習していたわけですから、車いすラグビーも簡単にできると思っていたんです。ですが、初めて練習に参加したとき、10分も他の選手たちについていけませんでした。車いすの操作や腕の筋力、体力が全然足りなかったんですね。改めて、車いすを使うけどこれもスポーツなんだなと、良くも悪くも衝撃をうけたことを今もよく覚えています。
身体が不自由だったり、車いすを使ったりというと、少しネガティブな「できないことがたくさんある」というイメージを持たれる人も多いと思うんですが、身体が不自由な人が「歩くために使っていた道具」が、「相手にぶつけていいもの(笑)」に変わるなんて、車いすラグビーを最初に考えた人はすごいなと。
「できない」と思っていたことを「できる」に変えることができるんだ、ということを車いすラグビーから教えてもらったことは大きかったですね。
パラリンピック、日本代表を目指せるという大きな目標を設定できるのも魅力でした。車いすでまたラグビーができて、世界を目指すチャンスがそこにあるというのは、ずっとスポーツをやってきた自分からするとスポーツマン冥利に尽きました。
障がいの有無に関係なく誰もが楽しめるスポーツに
見ていただいてわかると思いますが、迫力がとにかくすごい。車いす同士がガンガンぶつかる音であったり、手足に障がいがありながらも、車いすをまるで自分の身体の一部のように自由自在に操るパフォーマンスのすばらしさであったりと、スポーツとして十分に楽しめるし、工夫されたルールを知ると、障がいや男女の違いを超えて誰もがひとつのことを一緒にできる「パラスポーツの根幹」を知ることができる学びのある競技だと感じていただけると思います。
今後は、「障がいの有無に関係なく、車いすに乗ればこんなことができるよ」と、誰もが楽しめるスポーツにしていきたいと思っています。また普及の一貫として体験してもらう機会を増やし、健常者の人と一緒にプレイすることで、競技人口も増やしたいです。
2026年には愛知・名古屋でアジア競技大会、アジアパラ競技大会が開催され、車いすラグビーの試合も予定されています。
日本パラリンピック委員会 アスリート委員会 委員長 三阪 洋行さん
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