2026.07.24

パラバドミントン選手 伊藤 則子さんのSDGs

パラバドミントンの魅力 (2/2)

2026.07.24

今年開催される第5回アジアパラ競技大会を前に、さまざまなパラ競技の魅力を取り上げています。先週に続き、ゲストは東京パラリンピックの女子ダブルスSL3-SU5クラスで銅メダルを獲得した、伊藤 則子さん。伊藤さんとパラバドミントンとの出会い、忘れられない大会などについてうかがいました。

パラバドミントンとの出会い、競技への目覚め

伊藤 則子さん

幼少期から、みんなと同じようにはできないのが恥ずかしいと、スポーツは避けていました。大学4年生のとき、職員の方に「障がい者バドミントン(当時はパラバドミントンという名称ではなかった)」の日本選手権が開催されるので、見てみないか?と誘われたのが、パラバドミントンとの出会いでした。障がい者だけでスポーツをすることに抵抗感があったんですが、実際に見てみると、平等に闘えるようクラス分けもされているし、みなさんが自分の障がいを受け入れながら、好きなスポーツができることを楽しみ、そこで喜怒哀楽を味わっている姿がすごく輝いて見えました。私もやってみたい!と思いました。最初は、楽しくやりたいというのが一番だったんですが、数年後に、名古屋で日本選手権があるので「出てみない?」(笑)と。そこで初めて名古屋の障がい者のクラブに入って、障害のクラスによっても異なる攻め方、闘い方を教えていただくうちに「奥が深いなあ…」と、「競技」として深く興味を持ったんです。それでも当時は競技人口も少なかったですし、日本選手権といってもまだ大層なことだと思っていませんでした。パートナーに恵まれて入賞はしたんですが、実はそれが翌年の「フェスピック(現在のアジアパラ競技大会の前身)」の出場選手を選考する合宿に招集される選手を選ぶ大会でした。そうして合宿に召集されたものの、フェスピック出場のためもっと頑張っていた方々に負けたわけですよ。それが、なぜだか悔しくて。4年後の大会には絶対に出たい!と、競技として本格的に取り組むことになったんです。

筋肉を呼び覚ますトレーニング

最初は、トレーニングの仕方もよくわからなくて。いろいろな方にアドバイスをいただきました。本格的なトレーニングを始めたのは40代だったんですが、自分の体の変化を感じることはできたので、年齢は関係ないんだなと思いました。障がい者スポーツでは「残った機能を高めていく」とよく言われますが、私の場合は「それまで使えていなかったところを使えるようにする」トレーニングを始めて、使えていなかった筋肉が呼び覚まされました。それによって身体の使い方がすごく変わりましたね。右足が悪いので踏ん張れなくて、右手を出すことも苦手だったんです。でも、トレーニングのおかげで使えるようになって、日常生活が快適になりました。義足も、最初は膝が曲がる日常用の義足でトレーニングしていたんですが、足にからんで転び、捻挫してしまって。競技では、膝が曲がらない特別な義足を使っています。とはいえ、それを使いこなすための筋力も必要なので鍛えないといけないから大変です。私は残っている左足を捻挫してしまうと、車いす生活になります。だから、できるだけケガをしない身体をつくっていくこと。これもパラの選手にとって非常に大切なことだと思います。

パラバドミントンを、もっと多くの人に知ってもらいたい

メダルを取れた東京パラリンピックは、ボランティアさんにも祝福していただいて本当に嬉しかったんですが、残念ながら無観客だったんです。ですから、有観客のパリパラリンピックで、自分の国と名前を呼ばれて、浴びるような歓声や、声援を聞くことができて感動しました。パートナーもそうだったみたいで、二人ともちょっとうるうるしながら(笑)試合をしたことは、忘れられないですね。
2025年3月に現役を引退しました。これからはいろんな人にパラバドミントンのことを知っていただくため、体験会や学校訪問などを行っていきたいです。まずは、今回せっかく地元で開催されるアジアパラ競技大会のPRなど、現役時代はなかなかできなかった大会のバックアップに力を入れたいと考えています。

取材先
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「すぐわかるSDGs」では、SDGsの17の目標をイラスト付きで分かりやすく解説しています。気になるゴールを押すと、目標の解説を1分程度で読むことができます。この記事に登場したSDGsを見てみましょう。

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