10月に、愛知、名古屋で開催される第5回アジアパラ競技大会を前に、もっと「パラ競技を知りたい!」とさまざまなパラスポーツを取り上げています。今回ピックアップするのは、「パラ卓球」。お話をうかがったのは、日本肢体不自由者卓球協会広報の立石 イオタ良二(りょうじ)さん。立石さんは、福岡県の老舗額縁店の4代目です。学生時代は卓球選手として活躍していましたが、家業をつぐために引退。パラ卓球選手の兄、立石 アルファ裕一(ひろかず)さんのコーチも務めました。パラスポーツを支え、広める立場の立石さんに、パラ卓球の魅力をうかがいました。
卓球選手だった自分がパラ卓球にかかわるきっかけ
立石 イオタ良二さん
兄の立石 アルファ裕一(ひろかず)がパラ卓球選手で、兄をサポートすることからパラ卓球とのかかわりが始まりました。私自身は卓球をやっていて、ジュニアナショナルチームに所属したり、全日本卓球選手権で入賞するなどした経歴もあり、兄から正式にコーチを依頼されたときは、結構な覚悟をもってはじめました。兄弟だからできることもありますし、兄弟だから難しいこともあります。2012年から全国大会に兄のコーチとして帯同するようになりました。2014年に北京で行われたパラ卓球の世界選手権では、協会からの依頼で日本代表の監督を務めました。当時は協会も法人格を持っておらず、パラ卓球OBで熱意をもった方々が、自宅を協会の住所にして手弁当でやっているというような状況で、しっかりした強化体制などの環境が整っているとはいえませんでした。そんな中、私のように卓球の選手経験のある人間が、パラ卓球にかかわるというのは、初めてのことでした。
「応援したい」と思われる団体づくりに尽力
2016年のリオパラリンピックの後に、広報部を立ち上げて、広報の仕事に取り組みはじめました。そこからパラ卓球のブランディングやマーケティングに着手。いろいろな方にパラ卓球を知っていただき、応援したいと思われる団体づくりに尽力してきました。広報の仕事と現場で選手たちをしっかりと見る強化部の仕事の両立は難しいと感じ、また「コーチのプロ」たちにパラ卓球を知ってほしいという思いもあって、当時お世話になっていた卓球スクール「タクティブ」と連携し、コーチを派遣していただくようにしました。その2年後、2018年にインドネシアで行われたアジア選手権で、私もスタッフが足りずその時だけコーチにカムバックしましたが、日本は団体戦で中国を破り、初めて金メダルを獲得しました。体制をつくりながらいろいろな方に応援していただいた成果だと思っています。もちろん選手たちにとっても、大きな自信になりました。私は広報のことで頭がいっぱいだったので(笑)「よし!これでスポンサーにちゃんと説明できるぞ!」と、結果で応えられたことがすごくうれしかったです。
パラスポーツの中で、多くの障がいをフォローできる
パラ卓球は、ルールも卓球台も、またラケットなどの道具もすべて通常の卓球と同じです。車いすのクラスでは、選手がサーブを打つときに相手コートのサイドラインから外に出してはいけないとか、車いすダブルスの時に、車いすがセンターラインの延長線を超えてはいけないといった特別なルールはあります。握力のない選手は、ラケットをバンドで手にくくりつけ、両手のない選手は、口でラケットをくわえて出場します。そんなレジェンドの試合を目の当たりにしたとき、感動でも感激でも哀れみでもない感情がこみあげてきて、涙があふれました。パラ卓球は10のクラスに細分化されていて、両手がなくても、片方身体が麻痺していても、知的障がいを持っていても、どんな障がいでもチャレンジできるんです。そうやって一番多くの障がいをフォローできるのが、パラ卓球の最大の魅力です。手がない選手、足がない選手が、自分がどうやったらうまく打てるか、障がいという限界を乗り越えてチャレンジをして、それがまたぶつかりあっているところが、感動するところだと思います。
※次週もひきつづき立石さんにパラ卓球の魅力についてうかがいます。
日本肢体不自由者卓球協会広報 立石 イオタ良二さん
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「すぐわかるSDGs」では、SDGsの17の目標をイラスト付きで分かりやすく解説しています。気になるゴールを押すと、目標の解説を1分程度で読むことができます。この記事に登場したSDGsを見てみましょう。
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